「農のかけ算」農×デザイン

2024.06.13

デザインしてますか?

こういう聞き方をするとそういった職業にかかわる人たち以外はほとんどの方がNOと答えるだろう。デザインを「する」となると一般人の意識にはグラフィックであったり、建物であったり、何かしらの目に見える形を想像することがほとんどであろう。

デザインを辞書で引いてみると、

「① 建築・工業製品・服飾・商業美術などの分野で、実用面などを考慮して造形作品を意匠すること。

②図案や模様を考案すること。また、そのもの。

③目的をもって具体的に立案・設計すること。」とある。

凡人である私たちでは①、②がそれにあたり、腑に落ちる。デザインという言葉の真意としてみたときに③も入るということだが、意識的にデザインをしようと思ってこれらをしている人はさほど多くないだろう。しかし、私たちは今日もデザインをしているのだ。立案、設計という言葉を使うと難しく考えてしまいがちだが、旅行へ行く計画や何か事業を行うとき、自分の時間の使い方一つにしてもこれはデザインしているのだ。これを意識することはただそれをデザインと認知する、ということだけではない。


普通に私たちが行っていること自体がデザインというならば、その先に目的があったり、意味があったりするということになる。そういう意味でいくと③については定義的には何をするにしてもデザインしているといえることにはなるかもしれないが、本質的に言うと表面的なことだけを決めて、そこには形しかなく、意味をなしていないともいえるだろう。

わかりやすくロゴで考えてみよう。

法人であれ、個人農家であれ、ある程度人付き合いや取引を行っていくのであれば、名刺を必要とするだろう。その時にロゴもあるといいな、と考えることもあるだろう。今の社会は本当に便利になったものでロゴを創れるアプリやココナラ等のクラウドソーシングで簡易にデザインをお願いできるサービス、デザインのフォーマットを提供してくれるキャンバの様な無料で使えるサービスも多い。

では、ロゴを創ろう!となったときに皆さんはどのように作ることを考えるだろう。

選択肢はたくさんあるが、自分で作ったり、適当に外注したり、デザイン事務所に依頼したりが一般的だろう。ただ、そこには大きな違いが生まれてくる。

そもそもロゴはなんで作るのかの意味を考えるべきだ。何となくあったほうが会社っぽいし、看板などの表記で使いやすいというのもあるだろう。意識はしてないかもしれないが、ロゴを見て、私たちは「信頼」し「安心」している。例えば「iPhone」を買って裏にアップルのロゴでリンゴの右上がかじられている絵を見て違和感は感じないだろうが、それがもしミカンの絵だったら急に心配になるだろう。買った店に怒鳴り込むかもしれない。また、「CHANEL(シャネル)」の鞄を買ったつもりなのに「CHANNEL」になっていることに気付いたら、だまされたと瞬時に思うはずだ。

ロゴは会社やお店、商品のブランドイメージそのものでもある。ただどこにでもあるフォントで「山浦商店」という看板を見たときに何も感じないかもしれないが「山浦商店」と書いてあれば歴史があるお店なのかなと勝手にイメージがかきたてられたりもするだろう。

これはロゴがコミュニケーションツールであるからだ。

私たちがカフェや食事するときに街角で探すお店もロゴや見た目で決めることがあるだろう。それはお店から出された「私たちはこういうセンスの店だ」というメッセージなのだ。なのでロゴを意味として理解していないと、ただカッコいいものや意味をなしていないものなどになり、自分たちの持ち味やこだわりがターゲットとなるお客様やクライアントに正しく伝わらないことになるのだ。それをやってくれるのがデザイナーというプロなのだ。定義的には①②③に分かれてはいるが、デザインする中に本来そのすべてが入っているのだと理解すればわかりやすいだろう。
以前にいた農業法人でもロゴづくりを担当したが、デザイナーとの打ち合わせや社長のインタビューなどを重ね、時間をかけてロゴとそれに見合うHPを作成してもらった。もちろんそれはデザイナーの誘導に従って行われたものだが、無料のサービスや簡易で顔も見えないやり取りではこちらの意図や思いは半分も伝わらないだろう。最終的に農業法人のロゴは見事にその泥臭さや開拓精神を表現するものになり、唯一無二の物となり、会社側もそれを受ける側からも評価を頂いた。

 時にはデザイナーのエゴやこだわりが前に出すぎて、こちらのセンスの無さや無知に付け込みコミュニケーションになっていないデザインをする自己満足デザイナーもいるので気を付けたいが、本質的なデザイナーであれば必ず長時間のインタビューやブランディング自体のやり直しから提案してもらえるだろう。

そこで課題になるのがコストだ。上記を正しく理解してもらえれば、そこに時間のコストもかかり、自分にできない表現をやってもらうので対価が必要になるのはごく当たり前なのだがなかなかそこに理解が得られないのが中小企業であったり、農家であったりするのだ。

少しロゴの話によりすぎたがデザインについてはある程度の理解が得られたはずだ。それを前提に農業の中にデザインをどのように取り入れることができるのかを考えてみたい。前述したようにデザインとはコミュニケーションのツールだ。そう考えることができれば、野菜を包むフィルムの様なものも無視はできなくなるだろう。昔はほうれん草は紫のテープでしばられていただけだったが、今はフィルムに入っていることが多い。そのフィルムのデザインもさほどどの産地や会社の物も違いがないように思えるだろう。そこにデザインリテラシーのある農家が少ないからだ。

デザインによって、ほうれん草ならほうれん草以外のメッセージを伝えることができる。味や安全性、栽培方法やプロモーションなどだ。スーパーでは人が必ず手に取って買うことを考えればネット上で見えているが、視界に入らない広告などよりもはるかにメッセージをダイレクトに届けやすいはずだ。

昔の自分の話ばかりで恐縮だが、ある日ほうれん草のフィルムを見てここに他社の広告を入れることで広告収入が得られないかと考え、実行したことがある。そして、どうせ入れるなら料理をするお母さんたちが喜んでもらえるようなものが良い。であればと思い、レシピ会社とコラボし、そのロゴとほうれん草のレシピが載っているサイトのQRコードをフィルムに載せたのだ。残念ながら試験的な試みで終わり、数値的な実績はとしては残ってはいないが、今は実際のそれを代行する会社なども出てきているようだ。これも企画からお客様のことを考え、形にして以下に届けるかまですべてがデザインである。

 農家の中には、加工品や実店舗を持ち、直売所や飲食店を持つ人も少なくない。そこには農家の頭だけでただただコストを抑え、ありきたりな形でやってしまい、自己満足で終わってしまう場合が多いのは想像がつくだろうか。直売所や道の駅を覗くとよくわかるが、ほとんどの加工品が多少絵心でおしゃれに見えるものもあるが、それ自体に対して意味がなく、同じようなものがひたすら並んでいる。認知度の低い個人農家や商品であれば、ロゴや名前で安心を与えるとことは難しいが、どんな思いでどんな内容でどんな人に買ってほしいかはデザインで伝えることはできる。


もちろんコストも大切である。
ただ、そこに価値を残し、お客様に届けたいという気持ちがあるのであれば、そこにコミュニケーションとしてのメッセージや想いを載せるべきであり、そのほうが確実に商品としてお客様のもとに届きやすくなり、結果的にそのコスト以上の見返りが得られるだろう。事業を始めるにあたり、小さく行うことは常套手段であることは間違いない。ただ、コストに重きを置きすぎて本来の価値を認められず、有象無象の他と同じように扱われることがあるが、それを望んで作っているわけではないだろう。
デザインによって作物や商品の本質的な価値が変わることはないかもしれないが、デザインすることにより、本質的な価値を伝えることはできる。

それを実行するかどうかは、自分でデザインしてきた自身の人生の価値観なのかもしれない。