「農のかけ算」農×新規

2024.04.24

なぜ農家は農業を選んだのか。 日本の農業の中にある一つの課題としては、新規就農者数でもあるがそれ以上に新規就農者の離農数でもある。数字や割合はそこら中に転がってるので割愛するが、農業に夢を抱いてか、もしくは自給自足オーガニックライフを目指してか、貯金をつぎ込んだり、助成金をもらったりしながら新規就農者として門戸を叩く。     

なぜ彼らは農業を選んだのかを想像してみよう。 農業に経済的チャンスを見出したのか 農業という仕事をしたかったのか 農業することで他人や組織の時間的拘束から解放されたかったのか 単純に職業選択したうえでの選択なのか など。 雰囲気とイメージで選ばれがちな仕事だが、そこに「なぜ農業なのか」がないと簡単に現実と理想のギャップに潰されてしまいがちだ。 農家は百姓。百のことができて初めて百姓といわれる。実際百のことができるかは別として数ある装備で武装していく中で自分がどの武器を利き手にもって勝負するのかを選ばなくてはいけない。 逆に言えば、それを選ばないまま農業をしていくことは「世界の平和を守る!!」と言いながら平和とはなにか、なにから誰を守るのか、そもそも世界はそれを求めるてるのかもよくわからない中でヒーローを名乗って事件を待ってるのと変わらない。

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それくらい農業という仕事は多岐にわたるし、技を持たずに農協頼みでも悪くはないが これだけB to C、C to Cのという流れが加速してる中では消費者に選んでもらう努力をすることなく、他人任せでは売れるものも売れないだろう。

現状それがよく見えてないようであれば、サラリーマン農家をお勧めしたい。まずは農業とは何かをリスクのない状態で見渡しながら、技術や情報を取り入れるのにはこれ以上はない。ただし、雇用就農もリスクを伴う。

少し話は脱線するが、ゼロから農業を始める際に入口を間違えると痛い目に合う。というのも、正しい栽培技術や販売の仕方は存在せず、品目や地域などによって全く逆の方法をとって栽培や販売をしているにも関わらず、どちらも大成功している例はたくさんあるのだ。お互いがこれが正しい、という小競り合いがあったりもするが品目一つにしても品種は無数にあり、土地を変えれば気候も土質も変わってくる。人の不得手もあるだろう。

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雇用就農でリスクがあるというのもまさにそれだ。 よい持ち味があるということは悪い習慣や癖もある。教えを乞うために選んだ就農先が世間ずれしており、一般的なビジネス感覚を持っていなかったり、ただただ過去の成功体験に胡坐をかき、時代にの流れに乗っていないというのもザラに見受けられる話だ。

そのいったことを前提に自分が何をしたいのかを見極め、雇用か、リスクを伴う独立かなどを判断する必要がある。

自然の中で畑作業をしたいだけならそれは「農」であり、仕事にする必要はない。地方に引っ越せば安い一軒家などは簡単に見つかるし、畑や倉庫付きの物件なんかいくらでも存在する。今は地方であればどの地域も大手を振って移住者をあの手この手で招き入れ手厚くもてなされているし、昔のよそ者扱いとは違い、役所の人間など地域の高齢者から若者は期待されるのだ。

わざわざすべてを捨ててゼロスタートで仕事として「農業」を始めるより、大学や都会で身に付けた技術で仕事しながらノマドな生活をしてもいい。

「半農半Ⅹ」でも収入を農に依存しなければリスクなく、農を楽しめる。個人的には農作業は仕事でないほうがはるかに楽しいとも思っている。仕事でなければ苦しまなくてよいのだ。実際、農家でも趣味の畑で好きなものをつくるのは楽しいという声は聞く。収量も売り上げも関係ない。忙しけりゃほっとけばよい。畑はそれなりにやるのが一番楽しいし、それが自然に近いはずだ。

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それでもやっぱり農業という仕事するのであれば、何を自分の農園の武器にするのか選んだ方がいい。その選択によって同じ農業でも農園運営方法は明確に違ってくる。付加価値のつくほど糖度など味で勝負するのか、販売力で勝負するのか。経営者のキャラでも勝負できうるし、デザインで手に取らせる戦略もある。農法や出荷量の安定性、圧倒的な効率化や希少性でも勝負はできるはずだ。

例えば、95点の作物ができても 販売力15点であれば認知度を上げることができず、お金に変えることはできないだろうし、作物が50点でも収量の安定性が80点あれば取引したい人もいる。買い取る人や消費者が求める価値は多種多様なのでターゲットか武器を明確にしないのであれば受け身で待ってるしかない。それが農協に出すということなのだ。どんな世代やどんな好みを持つ方にも万能の作物にしたいのであれば 依存性化学物質を入れて空気のようにそれがなければ生きられないようにするしかない。

ではどのように自分の武器を手に入れるのか。答えは簡単で、自分を経験や特技、持っている環境を可視化するためにまずはすべて書き出すことだ。農業をしたいという気持ちをよりクリアにするために一回自分を見つめなおしてみればよいのだ。なぜ農業か、なぜその品目か、なぜその場所かなどを書いて、さらに自分には農業以外で何ができるか、どんな経験を持っているか、それを重ねあわせてみよう。様々な農家と話し、農園を見てきた私の結論として、成功している農家は多種多少な経験を持ち、培った経験をすべて農業、営農に活かすことができている。

一発目のなぜ?で「え、だって楽しそうじゃん?」って人も個人的には嫌いではないのだが、そのモチベーションが以下に続くかや、苦労や面倒を楽しむことも能力なのだ。逆に深く考え込んでなかなか「なぜ?」が進まない人は もういいからとにかく始めればいい。頭で考えている以上に様々な課題がそこにはあり、やりながら乗り越えていける人もいるだろう。もちろんそれは農業に限ったことではない。

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僕は思い付きで走り出し、動きながら考え、壁があればよけたり、壊したりする方なので「やる気がないならやるな!」という気はかけらもない。やりたいならこんな文章読む時間がもったいないのでさっさと行動にうつせばよいのだ。ロジックも確かに大切だが、『実践・経験・失敗』に勝る学びはないのだ。

もしそれでもやっぱしっかり考えたいというならば何度も言うが、自分の人生でやってきたことや今の自分に何ができるのかをどんな些細なことでもいいから箇条書きしてみよう。断言できるのは、「人生経験に何一つとして農業に関係ないものはない」。その中で自分の得意なことや好きなこと、楽しいことを武器にして強化していけばいい。

あなたしかできない農業は必ずある。分からないなら「視野という枠を超えていけ」。

もし、「いや、さすがにこれは農業とは関係ないでしょ。」というものがあったならば 滋賀の変態農家がおっしゃられてた素敵な言葉を共有する。

「農業は地球とセックスだ!」

突き抜けられるならば、なんだっていいのである。